はたらくのみさん 『さや侍』


静寂の森の中を、さや侍が走り抜けるタイトルバックは格好良かった。



松本人志監督第3作。過去作と異なり、松本自身は監督に専念し、野見隆明という松本のバラエティ番組で見出された素人の中年男性を主役に据えた異色作。
過去2作品と比べると映画の体裁を保っており、そこそこ楽しめたが、やはり、まだデカい劇場でかける程の力量ではないと思う。設定は「脱藩の罪で捕まった侍が、切腹を免れる為に、笑顔を失った若君を笑わせる「三十日の業」という試練を与えられる」というもの。で、この「笑い」の部分があまり乗れなかった。「三十日の業」で行われる「笑い」は、実際に松本がその場で野見さんに指示をし、彼の突拍子も無い振る舞いや、クセの強いキャラクターを笑うという見せ方で、これは彼が出演した『働くおっさん人形』『働くおっさん劇場』と同じ方法なのだが、これって、現実のおっさん達の醸し出す生々しさやノンフィクション性が含まれて面白くなるので、劇映画の、しかも時代劇というフィクションの世界で、「野見勘十郎」役を演じている人が再現すれば、それは役者の仕事の範疇であり、体を張って演技しているとは感じるが、あくまで物語の中の出来事、『働く〜』シリーズのようなドキュメンタリー的笑いはなくなってしまう(時折、門番役柄本時生が思わず笑ってしまったりと、リアルさを垣間見せる瞬間もあるが)。正直、幾多の「三十日の業」のほとんどを、「これプロの芸人がやれば、もっと面白い見せ方するんだろうな」と考えながら観ていた。(余談だが、「三十日の業」のひとつ「連続壁破り(一列に並んだ厚さの異なる数枚の壁を走りながら体当たりで破り抜けて行くというもの。まあ、バラエティ番組でよくあるアレ)」。あれ若君を笑わせる為にやるのなら、あの角度じゃダメだよな。あれじゃ、若君から見えるのは最後の壁を破った野見の姿だけで、笑いどころである「どんどん分厚くなる壁に悪戦苦闘する野見の滑稽な姿」が見えない。TVカメラがあってモニターでチェックするんならまだしも。その辺も詰めが甘いというか)
だから、『働く〜』シリーズが好きで、野見さんという「奇人」の人となりを認識し、愛着を持ってる人向けの「野見さんのアイドル映画」としては成立しているんだろうけど、俺のような『働く〜』シリーズの熱心な視聴者ではない人からしたら、「いや、これ現場で指示してアドリブで体張ってるんやでー」と言われても、「知らんがな、物語の中で行われている事やん」と感じてしまう。だったら『働くおっさん人形 THE MOVIE』でいいじゃん。実際『ジャッカス THE MOVIE』なんてのもあるんだし。
対するドラマ部分が、もう少ししっかりしていたら、まだ楽しめたのかも知れないが、残念ながら監督に演出の力量はまだ無いし、演じる素人の野見さんに「目で語る」演技力がある訳も無いので、クライマックスの感動させたいのであろう切腹のシーンも、彼の行動原理が理解出来ず、唐突な展開に戸惑うだけで、全く心に響かない。物語として見せたいなら、せめて父の葛藤なりの伏線を張っておこうよ。
ただ、野見さんはホントに個性の強い、イイ顔のおっさんだったので、物語性の希薄な『しんぼる』とかは、彼で撮り直したら、もっと面白くなるのでは?とか思った。(多分、松本自身は前2作も市井のおっさんで製作したかっただろうけど、出資している吉本側がそれを許さず、松本自身が主役を演じたと推測しているので)