夏休みこども映画の最高峰『パシフィック・リム』


写真は俺の一押しチェルノ・アルファです。


ヘルボーイ』シリーズや『パンズ・ラビリンス』のギルレモ・デル・トロ監督作。
だが今作はデル・トロ監督の新作だと意識して鑑賞すると少し肩透かしを食らうと思う。今作は過去作に見られるような登場人物達の屈折した感情の描写や、陰鬱さや繊細さで紡ぐ物語のような彼の作家性を完全に封印されている。『ヘルボーイ・ゴールデンアーミー』で緑色の怪獣をあんなに愛情と悲哀を込めて描いたデル・トロが「KAIJU」達を感情の見えない絶対悪とし、憎しみ、滅ぼすべき敵として描いている。
物語展開も単純で幼稚。使用している音楽や登場人物の台詞回しにしてもそうだけどあっさりしているというか、今迄なら「ね、意外と俺センス良いでしょ?」みたいなのが透けて見えていたのだが、今作には拘りが見えない。俺も鑑賞後「面白かったけど、これデル・トロ監督じゃなくても良かったんじゃないか?」とも思った。
近年の作品なら当然意識すべき政治的側面も掘り下げは皆無だ。冷静に考えて「地球の危機に全世界が一致団結する」なんて「海底に突如出現した異世界の裂け目から怪獣が現れる」よりも非現実的だ。
他の監督なら絶対に盛り込むであろう恋愛描写も全くない。あの状況で男と女がベーゼのひとつも交わさずにおでこをコツンって合わせるだけって。ラストにあのシチュエーションになったらジェームス・ボンドだったらBぐらい迄はいくぞ!
監督は通常なら物語に含んでもおかしくない要素を完全に排除し、単純明快な物にしている。何故か?根本的な問題として今作は誰の為に作っているのか?
間違いなくこれはデル・トロの「俺がガキの頃に熱中した怪獣やロボットの映画を今のちびっ子共にも体験させたい!そして目ん玉ひんむいて興奮させたい!」という思いのもと、全世界の小中学生をターゲットに作った映画に違いない。いや宣伝会社や配給の思惑は知らんが監督はそういう思いだ(断言)
怪獣映画を見終わった子供がいきなり「怪獣の悲哀が…」とか「設定に無理が…」とかは気にしない。それはある程度映画慣れした大人の言い分だ。大概の子供は怪獣のデカさに驚愕し、イェーガーの登場に興奮し、同世代の芦田愛菜が怪獣に追っかけられるシーンに恐怖し、菊池凛子の操縦するイェーガーが絶体絶命の危機の時に必殺技のソードを振り上げる姿に歓喜する。確かに瑕疵は多くあるが、まずは子供らに「怪獣すげえ!ロボットかっこいい!」と思わせる事が大事なんだ。そして次の日に学校でパシリムごっこして遊べば良いんだ。おれジプシー・デンジャーやるからお前ナイフヘッドな。
俺はロボット映画や怪獣映画に対してライトな知識しか持ち合わせていないけれど、これはオリジナリティのある物ではなく、過去にあった幾多の怪獣映画、ロボット映画から上澄みをすくいとった二次的創作物だと思う。設定やら描写に目新しい物は無いと思う。それでも、この時代に莫大な予算を掛けて、こんな単純で、幼稚で、大興奮出来る作品を撮ったデル・トロ監督は素晴らしい。
これは子供の頃に見たロボット怪獣映画(の記憶)を現代に蘇らせる為、彼の個性を徹底的に削って彼らしさを消し、他の監督なら多少は意識するであろう政治的問題や恋愛要素を全く無視し、彼が子供の頃から大好きだった要素をこれでもかというぐらいに詰め込んだ、デル・トロ監督作らしくないがデル・トロ監督でないと作り得ないバランスで出来ている最高の夏休み子供向け大作である。


だからこの映画に関しては大の大人があーだこーだ騒ぐの禁止。映画鑑賞後にパンフが欲しくなったが売り切れていたので、そのまま電車に乗って別の映画館でパンフとフィギュアを大人買いするとかも禁止な(俺の事です)。
ごたごた騒いでる暇があったら、周りに息子やら親戚の子やら小さい子供がいる大人は「えー、俺ポケモンみたいよー」という子供に対して「いやいや、ポケモンもイイけどちょっとこの『パシフィック・リム』という映画も面白そうじゃ無いか?こっちにしないか?面白かったらフィギュアも買ってあげるし」とか言って子供と一緒に観に行くように。で、子供が喜んだらちゃんとフィギュアも買ってあげるように。
で、俺みたいな、周りに子供も誰もいないようなオッサンはだな、アレだ、今ちょうど夏休みだから、公園とかで遊んでいる子供達に話しかけて「ぼ、ボク。おじさんと一緒にパ、パ『パシフィック・リム』を観に行かないか?」とか言ってだな…、おまわりさんこっちです。



【追記】2度目の鑑賞。「今作は吹替えも良いよ」という噂を耳にして吹替え版で観たのが、これもまた素晴らしかった。メインキャストの配役に杉田智和玄田哲章林原めぐみ古谷徹三ツ矢雄二池田秀一千葉繁と、客寄せパンダの下手な有名芸能人などに頼らず、実力派声優を配しているのだが、元々、荒唐無稽なアニメ漫画の様相を持つ作品に見事にマッチし、より熱く燃える作りになっている。普段、実写映画は字幕版で鑑賞する主義だが、今作に関しては吹替え版をお勧めする。ハリウッドの実写映画で「ロケットパーーンチ!!」なんて台詞を聞ける日が来るとは思わなかったよ、俺は。
とくに森マコ(菊池凛子)役の林原めぐみは見事で、菊池凛子の演技で少し物足りなかった部分を補い、森マコをより魅力的なキャラクターに仕立て上げている。ただ字幕版にある台詞が「英語」から「日本語」に変わる事によって垣間見える心境の変化とかは当然ながらなくなるのでそれは勿体ないかも。
あと唯一の芸能人キャストであるケンドーコバヤシも彼の持つ元々の野太い声がロン・パールマン役に違和感なくはまっていて意外と上手かった。ただ流石に本職ではない為に遠慮をしたのか、ロン・パールマンの強烈な個性に少し押されているような部分もあったので、贅沢を言えば内海賢二若本規夫あたりにキメて貰いたかったところ。

後、パンフレットを読んで知ったのだが、今作は怪獣映画やロボット映画の他にも、彼の母国メキシコのプロレス「ルチャ・リブレ」からも影響を受けているらしい。プロレスというのも今でこそサイドストーリーや裏の人間模様等を絡めたストーリー性の高いものになっているが、彼が子供の頃に観ていたルチャ・リブレは比較的単純明快な内容で、ルチャドールと言われるプロレスラーが、テクニコ(ベビーフェイス、正義側)とルード(ヒール、悪側)に分かれて三本勝負で試合を行っていた。幼い彼には多種多様なマスクマン(メキシコのプロレスラーは覆面をした者が多い)が繰り広げる抗争が正義の味方と悪の怪人の闘いのように移ったのだろう。そう考えれば、今作のイェーガー組とKAIJU軍団の一大バトルが、あれだけの科学力を持ちながら肉弾戦メインになるのも合点がいくな(きっちり三本勝負で決着がつく!)。あの様子は本家ルチャドールのような空中殺法こそないが、地球規模の大掛かりなプロレスの試合のようだ。
…そう言われれば、巨大なタンカーを片手で引き摺りながら敵へと向かうジプシー・デンジャーの姿は有刺鉄線バットを片手にリングへと向かう松永光弘のように見えた気が(しません)。