血塗れの緊張と駄洒落の緩和 『冷たい熱帯魚』

俺もこんなホストクラブなら行ってみたい。ちょっとくらいなら、ぼられてもいい。

小さな熱帯魚屋を経営する社本信行(吹越満)の家庭は崩壊寸前だった。ある日、娘の万引きがきっかけで、大型熱帯魚店「アマゾンゴールド」のオーナー村田幸雄(でんでん)と知り合い、家族ぐるみの付き合いをするようになる。だが、実は村田の裏の顔は、違法ビジネスで金儲けをし、周りの人間の命を奪う連続殺人犯だった。社本が気付いたときはすでに遅く、気の弱い彼は共犯者に仕立てられ、逃げ出せられない状況に陥っていた。



愛のむきだし』の園子温監督による待望の新作。先行上映で観ました。兎にも角にも、でんでん演じる村田幸雄が半端無く凄い!おっかねぇ!でも、おもしれぇ!最近の映画の悪役に多い、アンチヒーロー性やカリスマ的な魅力といった、誰もが思わず「カッコいい!!」と魅了されてしまうような要素が全く持って皆無で、もう只々、下衆くて卑小なオッサンだった。ある意味、近年には稀な、真の悪役なのかも。
彼は、いつも満面の笑みで現れ、人の良さげな雰囲気で近づいてきて、相手を値踏みしながら、あれよあれよと間合いを詰めて、一気にガッ!と縛り上げる。事前にある程度の情報があったから良かったけど、何も知らずに観たら、気のいい親父からの突然の豹変ぶりに大ショックを受けていたかも知れんっす。でも、あそこまで極端じゃ無いにしろ、あんな感じのガハハ親父は結構身近に居るよね。ワンマン経営の社長タイプ。
この村田の人物像が見事でして、やってる事は、血に塗れた、残酷な、殺伐とした行いばかりなのに、そのシーンで自分でも意外な程に笑ってしまいました。不謹慎なのかなと思いながらも。今年観た中では、1,2を争うくらいに爆笑しましたよ。(言っても、まだ2月だけど)
で、何故こんなに笑ったんだろ?って考えているうちに、お笑いの古典的な法則としてよく語られる「緊張と緩和」という言葉を思い出しました。落語家の故・桂枝雀師匠が理論立てて提唱してた言葉です。曰く、「正常でない状態化で、人は恐れや恐怖を感じる=緊張状態 その状態から正常な状態に戻す(緩和する)=緊張の緩和」という事だそうです。俺が笑った村田の言動の大部分は、もし何気ない日常の風景で発せられても、全く笑えないような他愛もないオヤジギャグ(財津一郎の真似もしてたな!)やダジャレでした。それが血塗れの極限的な緊張状態の中で繰り広げられる事によって、思わぬ大爆笑に繋がっているのかなと思いました。
で、その村田が、吹越満演じる社本を、恫喝と叱責で、人格否定していき、洗脳を施して服従をさせようとする。どこかスタンリー・キューブリック監督の『フルメタル・ジャケット』のハートマン軍曹と「微笑みデブ」のシークエンスを思わせる壮絶さでした。リー・アーメイ演じる「鬼教官」ハートマン軍曹は、圧倒的に豊富な語彙力を駆使して、速射砲のように徹底的に罵倒しまくり、青二才の新兵達を教育していく。その素晴らし過ぎる迫力は、多くの映画ファン達の心を鷲掴みにし、彼の語録を纏めたファンサイトもあるほど。
本作に於ける村田の豪快な台詞回しも、彼独特の一種『村田言語』とでも言いたくなるような唯一無二のもので、有名な「ボデー(ボディーではなく)を透明に」は勿論、「これで最強になるんだよ!」「オレは常に勝つ、新太郎!」等々、素晴らし過ぎる名言を連発させて、「微笑みデブ」こと社本(見た目は『わらの犬』みたいだったけど)を翻弄していきます。
そして、その極限的な緊張の連続によって精神の臨界点を超えた社本は、内なる暴力性を覚醒させ、自己の破滅へと向かっていきます。「微笑みデブ」のように。『わらの犬』の若き数学者のように。結局のところ村田も社本も「同じ穴のムジナ」という事なんでしょうか。「お前を見てると、昔の俺を見るようだ!」なんて村田の台詞もあったし。なにか「人間なんて一皮向けば誰でもこんなもんなんだよ!」と村田に説教された気分になりました。プラネタリウムで見た「丸くてツルツルした綺麗な青い星」も「ただのゴツゴツとした岩の塊」なんだと。これまた名言。
あー、もうTwitterに村田Botとかないかしら。あったら速攻でフォローするんだけども。



あとは気になった部分を箇条書き。


・タイトルシーン、社本の夢の中、幸せな家族の風景に突如、赤々とした手描きフォントで『冷たい熱帯魚』という文字が叩き出されるんだけど、このシーンはミヒャエル・ハネケ監督作『ファニー・ゲーム』を想起させましたね。「悪魔的人間に翻弄される家族」という点では、共通してるし。『ファニー・ゲーム』では赤文字タイトルに、耳を劈くデスメタルが被さるけど、『冷たい熱帯魚』ではインダストリアル的な工業地帯の音が重く響く。

・でんでんは勿論、最強なんだけど、それを取り巻く面々もクセがありすぎて素晴らしい。「100%悪人面」渡辺哲然り、「最狂ビッチ」の黒沢あすか然り。もうキャッチコピーは「全員悪人」ならぬ「全員狂人」で良いんじゃないかと思った。特に黒沢あすかは途轍もなくエロい!その上、後半に吹越満に血塗れの顔で笑いかけるシーンとかあるんだけど、そこなんか凄く可愛い。気違いなのに可愛い。臓物から出る湯気がまるでオーラのよう。

・上映後の質疑応答で監督自身が言っていた(本編でも軽く、村田の口から言及される)村田の裏設定「狂信的なクリスチャン(それも自分で創造し信仰した)の父の影響で家族が大変な目に遭い、子供であった村田は狂気に走った」っていうのは『愛のむきだし』のユウ(西島隆弘)と少し重なる所がある。ユウのダークサイドが村田とも取れるのだろうか?

・村田と吉田(諏訪太朗)って人物像の醸し出す雰囲気とか、名前も相俟って、どこか根本敬の漫画世界の住人のよう。名前とキャラ描写は逆だけど。

・ちなみに一番笑ったのは「社本!いや、社本くんちょっと痛い・・・」だね。その状態で、そんな台詞言うの!?